永谷元宏の「長沙日語学院 友好の輪
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福島顕二郎の長沙教師録~未来への道が完成(文字クリック)

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長沙日語教師録  
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2009/12/8

最後の晩餐


昼食は周金玉さんの家で犬鍋をごちそうになる。

今回で2回目になる。前回よりも辛さが抑えめで食材も色々ある鍋になったのでとても美味しかった。

犬の肉は軟らかく、中国で食べるどの肉よりも食べやすいと思う。

0804クラスの人たちを呼んで、最後の晩餐になった。

周さんにはいろいろお世話になり、トラブルの時は本当に良くしてくれた。

有り難いことである。

周さんは卒業してから、コンピューターの学校へ入るつもりらしい。

今日一緒にご飯を食べた学生はほとんど残ると行っていた。

小雨が降るあいにくの天気であったが、みんなと又、こうやって生活できることがとても楽しみである。


夕方、すうようさんにおねがいして、郵便局の場所を教えてもらった。

一緒に郵便局に行く。郵便局は病院の隣にある。

一通り説明してもらい、明日にでも郵便物を出そうと思う。


帰ってくると陳さんから電話がかかってきた。

今日は私のおごりで夕食を毛先生と一緒に食べましょう。という内容だった。

陳さんのご招待にあずかることにした。


バス停で待ち合わせをして、レストランへ。

料理は魚料理と米豆腐、肉の炒め物など、どれもおいしいものだ。

ワンワンという店は学校の近くではおいしいと評判の店。

炒め料理が特においしいらしい。

陳さんの招待でこんな風に食事をすることはこれが最後になるだろう。


2009/12/7

黄先生と食事


午後から黄先生が夕食を作りに来てくれた。

午前中に魚の仕込みをしてくれており、せいさんと王さんが料理の手伝いに早くから来てくれた。

0804クラスのおうこんさん、周金玉さん、0802クラスの朱文さんと張杏子さんが来てくれた。

メインの魚は2種類の料理に変化していた。

周金玉さんを助手にして、料理を作っていく。

周さんは男性ながら料理が上手である。

みんなでの食事で気分良くなり、話も弾む。

いつものように、やさしい黄先生にとても感謝している。

今学期で黄先生は退職してしまう事を聞いているのでとても寂しい限りであるが、「本当に退職してしまうの」か、今はまだ実感が湧かない。

いつも私のことを気に掛けてくれる先生を中国でのおかあさんだと思っている。

あと1ヶ月ほどしかないので今以上に交流をしていきたい。

2009/12/6

日本語能力試験の日


今日は学生達の試験の日である。

みんなは朝早くから起きて、試験会場の湖南大学へ行っている。

私もみんなの合格を祈って岳禄山に登ることにした。

0902クラスでは受験者が少ないので、みんなと一緒にいざ岳禄山へ

岳禄山の麓には休日のために観光客がたくさんいた。

大学前にある毛沢東の銅像の前にはたくさんの人が並び写真を撮っている、

いつもの光景である。


岳禄山の案内を先学期まで、学校で文法を教えていた先生にしてもらった。0902クラスの学生とは時々連絡を取り合っているらしい。

天気は曇り空だが、そんなに寒くもなく登山には良い天気になっていた。

みんなで元気よく歩き出し、最初に見られる愛晩亭で記念撮影。

岳禄山は人で一杯。愛晩亭の周りでは子ども達が写生の真っ最中。

4才から5才くらいであろうか。少し覗いてみる。小さい子ども達の描く風景はとても自由である。

頂上まで行く前に軽く汗ばむ良い陽気。

頂上では景色は相変わらずで、街に薄いモヤがかかったような様子。

頂上前の烈士の墓に学生達の合格を願い、お昼になる頃下山し、受験した学生達を迎えることに。


学校前ではみんなほっとした様子。

今回の出来はどうだっただろうか

試験の結果についてはまた明日にでも。

今日はゆっくり休んでほしい物である。

2009/12/1

餃子パーティー


12月に入り、学生達の戦いである日本語能力試験の日が近づいてきた。

あと、数える日しかなくなったが、意外と冷静な学生達なので大丈夫だと思う。

12/6はみんなにとって大切な日になると良いのだが。

それまでは色々と手伝うことが出来るだろう。


今日の夕食は0802クラスのみんなと毛先生と一緒に餃子を作ることにした。

授業が終わり、4時になると学生が続々と集まってきた。

毛先生と一緒にお昼の時間に食材を買いに行ってあり、学生が揃ったところで準備開始。

買ってきた野菜をみじん切りにして、ボールで混ぜ合わせる。

餃子の皮は買ってきた物があるので、下準備は必要なし。

みんなで作ったアンを皮に包んでいく。

上手に出来たところをみんなで見せあったり、変な形の餃子を作ったり、中に唐辛子を入れたりと大騒ぎで作っていく。

みんなで作った餃子は毛先生が調理することに。

中国での基本的な餃子である水餃子に変化していき、タレは毛先生が得意とする唐芥子と
ラー油、醤油の合わせた物。

おいしい、おいしいといいながら次々と茹でられていく餃子はみるみるうちになくなっていった。


このクラス全員で一緒にご飯を食べることは最後になるもしれない。

そう思うととても寂しい気持ちで一杯になる。

みんなは、日本語能力試験が終わるとすぐに仕事を探しに、故郷や大都市へと向かっていく。

しかし、まずは日本語能力試験に合格することである。

まだ、あと1週間あるので私も出来る限りのことをと思うばかりである。



2009/11/30

永留先生との夕食会


授業へ行くと大石さんと永留先生が職員室で待っていた。

今日は永留先生に音楽の授業の続きをしてもらうことにしていた。

0802クラスでは永留先生が準備をしている間に大石先生に話をしてもらった。

ユーモアがあり機知に富んだ話はとてもおもしろく、今回の旅行での色々な体験を語っていただいた。

これまで中国の色々な場所に行かれたらしく、とても中国に詳しい事が判明した。


永留先生の授業は1日まるごと使ってもらった。

0802クラスから始まり0902クラス、0804クラスと私の受け持つクラスを全て音楽の授業をしていただいた。

みんなの知らない歌から知っている歌まで様々である。

時間はあっという間に過ぎ私も1生徒として授業に参加させてもらって、小学生の頃に戻ったようであった。


3コマが終わってから、永留先生は0804クラスの学生と一緒に買い物に、私は0802クラスの最後の授業と言うべき会話試験をすることに。

一人ずつ教室に呼び、日本のことや将来のこと学校で勉強してきたこと、過去のことなど色々な話題で会話をしていく。

会話に点数を付けることは大変難しい。

総合的な点数になるので少し厳しくなってしまった。


0802クラスの試験も終わり、部屋に帰ると永留先生と0804クラスの学生が料理を作って待っていた。

今日の晩ご飯は永留先生の歓迎の意を込めてみんなで作ることにしていた。

夕食は歌をみんなで歌ったり、学校の色々な話をしたり、永留先生の話を聞いたりと、とても楽しかった。

学生達が中国の色々な歌を歌ってくれたことはとても印象深い。

これも、永留先生がいらしてくださったおかげだと思う。

こんなに楽しい夕食が出来た永留先生にとても感謝している。


2009/11/29

休日らしい休日


午前中は読書で終わった。

今週のはじめからの風邪もだいぶん良くなってきているが、まだまだ、せきやたんが残る。

先週、平和堂へ海苔を買いに行ったついでにコーヒーを買っていたので、小説を読みながらコーヒーの一杯という優雅な休日を楽しむことに。

3ヶ月ぶりに飲むコーヒーにこころが浮き立つ。お湯を沸かし、カップにインスタントコーヒーをさじで2杯ほどいれ、砂糖少々。

沸き立つ湯気が寒さを表しているように、今日は朝から冷え込んでいる。

そのこともあって、コーヒーを飲む気になったのかもしれない。

カップにお湯を注ぐと、コーヒーを挽いたときのあのかぐわしい香りが鼻孔へと入り込んできた。

フーとため息をついた後、まずは、この香りを楽しむ。

ただのインスタントコーヒーであるが、何ともいえない懐かしさがあり、そのことが香りに新鮮みをもたせる。

コーヒーのもつ魔力であろう。味と香りが心地よいところへ私を誘ってくれるようである。

こうして、異国の地でコーヒーを飲む贅沢、ただしコーヒーショップに行くのではなく、部屋で飲むという事は私の記憶に残る1つの出来事だと思う。


夕方から夜に掛け、少し小雨が降り始める。

金曜日から故郷に帰っていた、成さんがお土産を持ってかえってきた。

男で夕食を作るためにスーパーへ買い物に。

今日のコック長は成さん。

スーパーでの買い物も成さんが品物をほとんど決め、作る物も考えてくれた。

部屋に帰り、早速、下準備をし、さあこれから料理をしようとした時、ガスが切れてしまった。

すぐに、欧さんに頼んで、ガスを買いに行ってもらった。

30分の休憩を余儀なくされ、ガス屋さんが来るのを待つことに。

今日のガス代102元。前の時は80元ちょっとだったような気がしたので、欧さんに聞くと「前より少しガスが大きい」と言われた。

1本のガスを使い切るのに大体2ヶ月ほどであった。

ガスもきて、調理開始。

手伝いをしようと、成さんに何か作ろうかと提案するが「今日は私が全部作ります」というのでお願いすることにした。

できあがった料理はどれも美味しく、みんなの腹ぺこお腹を満たすのに十分な料理だった。

お土産は鳥を醤油で煮込んで干したもの。少しピリ辛だったがとても湖南らしい料理だと思う。

2009/11/25

あっという間


帰国の時が迫っている。

この1週間は夢のようである。

まさか両親が中国、そして長沙に来るなどということは半年前には考えもしないことであった。

こうして、両親の中国での旅行が終わろうとしている。

空港で手荷物を預け、手荷物検査場前で別れを告げた。

また、来年遊びに来るということを聞いていたが、やはり、少し寂しさを感じる。

両親との固い握手の後で、笑顔で日本へ帰っていく後ろ姿を眺めながらそう思った。

バスに乗り、上海中心に行くまで、今回の旅行がどうだったか考えてみた。

あまりというか、ほとんど観光らしいことが出来なかったのではないかと思うが、学生達との交流、中国の若い人たちと話が出来たことはとても良かったと考えている。

1週間という短い時間の中でスケジュールは一杯であったが、天気に恵まれ、寒い日も1週間前に終わり、暖かい日が両親の中国訪問を歓迎していた。

本当についていたと思う。鹿児島出発1週間前はあんなに寒かったのが嘘みたいである。

私もこうして無事に長沙に帰ってくることが出来、両親も日本へ無事に送り届けることが出来たことは、ひとえに色々な人たちの支えがあったからと思います。

この両親の旅行において、皆さんにしていただいたことに感謝いたします。本当にありがとうございました。

2009/11/24

上海へ


上海へ旅立つときが来た。

長沙黄花空港まで範先生にお願いをして送っていただくことになった。

朝から荷物の片付けに両親は忙しい。

スーツケース3つ分の着替えやお土産で一杯にして、準備完了。

10時半に学校を出て、11時半前には空港に到着。

チケットカウンターで荷物を預け、空港内へと進む。

手荷物検査で列に並ぶが一向に進まず、だいぶ時間のロス。

飛行機は時間通りに出発が出来、約1時間半の上海までの空の旅。

あっという間に上海に到着。

ここで、李姐姐が待っているはずだが。

到着ロビーで待つもなかなか見つけることが出来ない。

電話を掛けようと携帯を使うがまったく使うことが出来ない。(帰ってから学生に聞くと今持っている携帯は湖南省内でしか使うことが出来ないらしい)

公衆電話から電話を掛けようと思うのだが、これまた使い方が分からず、連絡が取れないのでホテルへ行き、ホテルから電話を掛けることにした。

ホテルへはタクシーで1時間弱と結構遠かったイメージ。

街の中心の渋滞を抜け、目的のホテルへ。

チェックインカウンターでは、心許ない私の中国語で何とかチェックインすることが出来部屋へ。

なかなか良いホテルで、案内書にも日本語があり、李姐姐に早速電話を掛ける。

「いま、空港にいます」と答えが返ってきて大変申し訳なかった。

本当であれば最初に空港での目印での待ち合わせをしておけば良かったと後悔をしている。

ホテルまで来ていただき、上海市内を案内してもらうことになった。

豫園をはじめ東方明珠塔(テレビ塔)、外灘(バンド)の眺め、新世界、地下鉄に乗り人民広場など市内を観光することが出来た。

上海では外国人の姿を多く見ることが出来、さすがは国際都市と感じずにはいられなかった。

観光では李姐姐に連れて行ってもらえたことがどんなに有り難いことだったか。

案内していただけなかったら、ホテルでじっとしているだけになっていたかもしれない。

両親も上海の街を見て回れたことは大変良かったと言っていた。

ホテルへ帰り、何ヶ月ぶりに浴槽に体をつかることが出来た。ほっと一息。後は両親を上海国際空港へ見送り、長沙に帰るだけである。

2009/11/23

着物授業


朝から授業の準備が忙しい。

私ではなく母である。

今日は担当クラス全部の授業があるので、母に着付けをしてもらうようにお願いをしていたからである。

着付けをするには少し寒いのではなかろうかと思っていたが、天気も良く、太陽も出てきてくれた。

1クラス1人しか着付けが出来ないのは残念だが、母の寸法に合う人を選び、着物を着せてもらった。

学生達はきれいな着物や小物に興味津々。髪をあげて、いつもとは違う学生に私も着物は良い物だと改めて感心するばかりである。

この着物の着付けを通じて学生の日本への興味が一層深い物になったのではなかろうか。


その夜、0802クラスの学生に夕食を作ってもらった。

今日の着物の感想や日本についての事など質問が飛び出し、楽しい雰囲気。

明日には両親が帰国することになっているので、学生達は残念そう。

最後の別れの時、母は少し涙を見せた。

このように学生達と心の交流が出来たことが今回の旅行での一番の思い出になったと言っていた。

母と抱き合い、握手を交わす生徒達とまたどこかであえるような予感がする。

来年の夏前にまた長沙に遊びに来ると約束をし、みんなとの最後の別れを済ませた。

明日は上海に行き、1泊した後で鹿児島へと帰る予定になっている。

2009/11/22

スピーチコンテスト


朝の寒さは依然として残っているなか、6時起床で両親とバス停に向かう。

バス停で学生と毛先生を待ち、みんなで一緒に湖南大学をめざす。

今日行われる、スピーチコンテストはそこで行われる。

スピーチをする張さんは少しの緊張も見せず、髪をきれいに結われ、少しお化粧をした姿はとてもきれいであった。

会場にはたくさんの学生が集まり、日本人もかなりの数が集まっていた。

張さんは10番目。控え室で毛先生と一緒に激励をした後、会場に戻り、出場を待ちかまえる。

ドキドキしながら出番を待つこの瞬間は見ているこちらも緊張を隠せない。

張さんは練習の通り発表を行い、質問の受け答えも良かった。

スピーチ内容は「愛と承諾」父との心の交流についてのスピーチであった。

質問はクジによって決められ、質問内容はその中にある番号によって変わってくる。

質問は「日本のどこに行ってみたいか、今までで一番感動したことは」というものであった。

先日の模擬スピーチの時に練習をした質問が出たので張さんはすらすら答えることが出来た。

この1ヶ月練習をし、この日にしっかりと発表出来た、張さんに拍手を送り、あとは結果を待つばかりである。

午前は日本語の勉強を始めて2年の学生が発表し、午後から3、4年の学生が発表をした。

午後からのスピーチはやはり日本語がとても上手である。

発音もきれいで、スピーチの内容もとても良かった。

結果発表は午後5時頃になるそうなので、先に部屋に帰ることにした。


部屋では0804クラスの学生が夕食の準備をして待っていてくれた。

色々な学生達と両親が交流してほしかったので、このような場をもうけることにした。

昨日と同様に両親の話は様々。学生達の興味も尽きないようである。

そこに、張さんがスピーチコンテストで3位をもらったとのメール届き、両親と一緒に喜びを共有した。

明日、学校に行ってすぐにお祝いを言ってあげよう。

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