八期∞通信

2005(平成17)年度
八期会(関西大会)の記録

酷暑の候 皆様におかれましてはお元気でお暮らしのことと拝察いたしますさて、この度 平成17年度
玉龍八期会同窓会を関西地区にて開催すべく準備進めて参りましたが、下記の通り開催することとなりまし
たので、皆様 万障お繰り合わせの上、お誘いあわせご出席下さいます様ご案内いたします。

なお、この機会に大阪、京都、奈良周遊を希望の方は鹿児島地区の有志が企画されている行動日程に参
加されてはいかがと思います。
関西八期会では、11月20日(日)のホテルグランヴィアでの同窓会(関西八
期会)総会、大阪周遊、11月21日(月)の京都周遊、保津川下りから嵐山の昼食、夜の紅葉ライトアップ鑑賞
後JR京都駅19時ごろ解散までをご案内する予定です。
                        幹事 古里洋聿他関西八期会メンバー
 

参加名簿 総数:47名

鹿児島組
     濱崎隆&テル子・南郷善之助&博子・大石慶二・森繁・市来龍作・平澤紀代子・木村    美子・兵働智江子・西村絹子・上田平加寿子・池田珠江・東佐津子・中原真喜子・山下順     子 満山一朗 

関東組森山アツ子・紀 祥子・安倍洋子・伊藤工子・吉村弘子・古市庄八郎・柴田英紀・堀田     昌子・堀添智・上山憲一郎・阿多睦雄・満留和子 
北海道: 吉田節 (1名)

関西組・上原繁良・有馬博文・坂口直美・大畑寛子・上田健治・新名義三・古里洋聿・丸野輝子・原口喜久子・村山佳子・木場義孝 松本晃雄・小山田康子・田端剛・渡辺義照(16名)

福岡組藤崎宏忠 中村 修 
大石ケイジの旅日記
 
早いものであれからもう40日が過ぎてしまいました。今日はなんと12月30日なんです。今年も、あと二日です。

 今日の八期関係情報といえばそれでも2件ほどあります。
朝、隆くんから留守電が入っていました。「オイシ!(彼は僕を呼ぶときオを1つ省略します。理由は分かりませんが、彼的にはちゃんとオオと言っているのかも知れません。)」「オイシ!よかもんが、よか人から送っきおっど、今から持って行かすっでFAXでも書いちょってよ。」
 なるべく原語に近い文章にしょうと思うと書きにくいものですね。カゴッマ弁というのは。
 クール便で何やら大きさの割には重いものである。頑丈ナ包装なので開けずに
冷蔵庫に保管することにした。相手には早速、FAXを書いた。(FAXを書くというのかナ?)
 こんな文章にしました。

 **様
  案件:『美味しそうな贈り物が届きました。但し、未開封』
  日時:2005年12月30日・金:AM11:00

 2005年の閉幕もはや時間の問題となりました。来る2006年はどんな年になるんでしょうか。先日、TVを見ていましたら、聖路加病院の日野原医師(90何歳だそうですね)が子供達に向かって質問をしていました。

 「みんな、命って一体、何処にあると思いますか?」尋ねられた子供達は思い思いに胸や頭に手をやっていました。日野原医師は言いました。

 「命とは時間のことで、時間の使い方こそ君達の命の使い方なんです。自分自身の為に使う人もいれば、多くの他人のために使う人もいる。もっと広く世界の人の為に使う人もいるんだよ。皆も自分と、家族だけの為だけに折角の時間を使うのは勿体ないと思わないかい。」子供達は真剣な目つきで医師を見つめていました。

 今年は『自分の命の使い方』をもっと真面目に考えてみることにしようと思うことでした。日野原医師の年まではまだまだありますから。
 あなたにとって来る年2006年が更なる飛躍の年になりますよう。

                                       ケイジ
暫くたってから、「そうだ年内に八期通

信の関西記録を書かなければと思いつきました。

 
昨夜、藤崎君から写真3枚とメッセージが届いた。また、南郷君が「あれからずーっと忙しくて今日、やっと暇いなった。」と言って店に顔を出してくれた。

 僕も、日中友好協会の交易部会の設立総会、外国人によるスピーチコンテストとパーティに記録作成。おまけに、家族での北陸ツアー・・・と年賀状は今年はやめようか、と思うほどでした。きっと、八期仲間も同じ思いだったに違いありません

 旅の記録も1ヶ月が限度になってきました。場所と名前が消去されてしまうのです。忘れないようにしまったフォルダを削除することもありますから。

 まず写真を集めようと、頼りにしている森繁くんに電話をした。
「送らんナち 考えチョッタところだった。 それから、今日の南の死亡欄を見た?
 岡元孝夫は長田のときの同窓生やったけな。八期にはいなかったよね」

 今年は新聞社の永野幸一くんも亡くなった。生(命)あるものは必ずいつかは亡くなるものとは分かっていても身近な人の死は言いようのない悲しいものである。今年も、多くの八期仲間たちがその思いをしたことと思うと辛い。

 と、まあ、とても長いプロローグに続いて『八期関西,紅葉の古都ツアー』に出かけることにしましょう。


・・・・・・・・昨日、関西の古里洋聿くんから小包郵便が届きました。
 中にはあの時の大きな集合記念写真が入っていました。A4サイズの大判でした。
 一緒にDVD映像記録があり、これが感動ものでした。

 この文章を読んでいる皆さんにはきっと同じものが送られてきてると思います。
 洋聿くんを始めに直接携わった撮影の新名義三くん、編集の有馬博文くんにお礼と拍手を送りましょう。
 ・・・・・・というわけで、この文章を書いている日は、なんとこの前か
50日が過ぎた2月17日なんです。

  
光陰矢の如し、中国では「時間過的真快也」、英語では Time and tide ・・・・この後がどうしても思い出せません。(翌、18日の朝、寝起きに突然、思いだしました。 wait for no menと憶えていました。)

この50日の間にも実はいろいろなことがありました。なかでも朋友・濱崎 隆くんの身に起った三っの出来事は、私達の今、に起る象徴的な出来事でした。

最初はは昨年、最愛のお母様が亡くなられたことです。49日が過ぎての皆との八期関西旅行でした。楽しい仲間との同窓会のあと、第二のアクシデントが突然,彼を襲ったのです。

それは思いもよらない癌の告知でした。入院、、1週間での手術、そして奇跡的な回復でした。2週間後には可愛い愛娘・紫子の結婚式・・・と我々の今、起きそうな良いこと、悪いこと、愉しいこと、悲しいことがこの4ヶ月の間にまとめて起りました。

 何事もなかったように、いくぶん、イヤ、かなりスリムになった隆クンの笑顔を見ているとほっとしているところです。
 下は2月18日城山観光ホテルにて挙式された浜崎 隆くん令嬢の挙式時の親娘 デュエットの様子と仲間の皆様への彼に替わっての「励ましのメッセージへの御礼メールを載せます。

濱崎くんへの励まし、お心遣い,ありがとうございました。
一昨日、元気な姿で花嫁の父親を無事、演じきりました。
 無理をしているんじゃなかろうか、といささか案じていましたが杞憂でした。

式はこじんまりとした、ご親族(が多い)と、新郎新婦の友人ではなく、ご両親の友人等が中心の披露宴でした。多分、別の日に若者同士でパートUがあるのでしょう。
 親族・友人の紹介(エピソード)が圧巻でした。ユーモアを交え30分は語ったでしょうか。
隣の南郷クンと「ベッドのなかでこればっかり考えてたんじゃないだろうか。」と語ることでした。

そのうち快気祝いでもしてあげようと思っていますが、聞けば、アルコールはもちろん、食事制限もひと月目まではこれは駄目、三ヶ月たったらこれは良い、とか、なかなかうるさいらしいですね。

 もっとも、一昨日の式のとき、見ていたら親族固めの契り、とかでお神酒(仏式でもあるんですね)をグイと飲み干していました。その後の乾杯のシャンパンも飲んだそうです。

 時折、患部に手を添えながら会場を挨拶して回る姿が痛々しかったけど、やはり最後は得意の「慕情」を紫姫の手をとりながらの絶唱に、場内、水を打ったような静寂、唄い終わっての割れるような(古い言い回しかな)拍手へと、Mr 八期の見事な生還祝いのフィナーレでした。

 ともあれ、皆さんに、ご報告と、FAXレターに数枚の写真を添付して送ります。



 八期仲間から手術後に寄せられたメッセージを載せてみます。

ご結婚おめでとうございます ご自分の娘さん出したみたい


浜崎氏も 大変な思いをなさった直後で思いも一入
だつた事でしょう お元気になられてこそ克ちうる幸せ
その嬉しさが目に見えるようです よかつたですね
披露宴は城山観光ホテルですよね・・・ 
紫姫様紫子 (読めませんが) あんなやさしくて人間的な
父上の娘さんでお幸せですね よろしくお伝えくださいませ
お父様とお母様にですよ

まだ慣れなくて 読みにくいと思いますがお許しください
寒い2月も後半月 お互い健康に気をつけましょうね
また笑ってお逢いできる様にする為にも・・・

     2月 15日                堀田 昌子



浜崎君の入院・手術では、いろいろのサポート、ご苦労さんでした。
浜崎君、取りあえず手術は成功、おめでたいことです。
さらにご息女のご結婚、重ね重ねのおめでたでした。
ところで、快気祝いとはふつう快気した病人が、闘病中にお世話になった方に謝意を表す慶事と思います。遅くやるのが一般的のようです。早くすると病気がぶり返すとのゲン担ぎでしょうか。
周りが「病気快癒おめでとう」とやるのは何というのでしょうか。
名前はともかく、お祝いは結構ですね。しかし、本人には飲ませないように。
浜崎君には、快気おめでとう、お孫さんを連れての旅行を楽しみに、くれぐれも自制するようお伝え下さい。
以上                           堀添 智


おめでとう、新年草々三つの慶び、一つは浜崎君の御回復、二つは彼の娘さんの御成婚、そして三つ目は皆さん無事に2006年を迎えられたこと。写真で見る限り、浜崎君はやせてもいないし、お元気な様子、良かったです.
私も経験者ですが、酒のみには大腸ガンが多いそうです。でも、最近の医学の進歩は素晴らしいと思います。
宜しくお伝え下さい。
                             永野 敦士


八期会の西郷どんが元気いないやって
ないよっか良すごあした。メデタシ、メデタシ。
パチパチパチ。
 
                                    福岡 下池


ここで関西の世話人古里洋聿クンからメッセージが届きましたので紹介させていただきます。
 他の皆さんもどうぞ大石までメールでメッセージをお寄せください。それでは・・


玉龍高校8期会の皆様

 立春を過ぎたとはいえまだまだ寒い日が続いています。皆様方にはお変わりなくお元気でお過ごしの事と思います。

 昨年は「玉龍高校8期会同窓会in関西」に多数参加していただきありがとうございました。十分に楽しんでいただけたでしょうか。

 関西には思いの外同期生が少なく、全員で知恵と力を出しながら企画しました。この企画を通して関西に住んでいながら卒業以来初めて参加してくれた仲間もいました。関西の世話人一同「関西で開催して良かった」と思っているところです。

 関西で開くのだからなるべく「関西らしさ」を味わってもらおうと企画しました。 大きな混乱もなく、無事終了出来ました。パーティでは卒業以来初めて再会した人もいて楽しい話に大きな輪ができていたように思います。二次会も大いに語り、歌い楽しみました。

 二日目の京都も紅葉が見頃で大変なにぎわいのなか、迷子になることもなく、無事行事が進みました。三日目奈良は奈良在住の大畑寛子さんが全部企画されました。住職による仏像の説明など普段個人的には聞けないような話も聞くことが出来、大変有意義な一日でした。

 次回は来年福岡で「玉龍高校8期会同窓会in福岡」として開いていただけるようです。今から楽しみです。お互い健康に注意しながら、次回もその次も参加したいと思います。

 ありがとうございました。

 20062
                  関西8期会代表 古里 洋聿




濱崎 隆くんからメッセージが届きましたので公開します。

私のこの度の入院の際に寄せられた皆様のご好意に心より御礼申し上げます。
 物心ついてからというもの、入院など縁のなかった私にとっては青天の霹靂で、手術を控えての心細さはたとえようもなくつのる不安に身を苛まれる思いでした。

 そんな時、八期会の皆様にいただいたメール、お便りにどんなにか
パワーを与えていただいた事でしょうか。
 真面目なメールあり、病気を笑い飛ばすような面白いお便り有り、その効果は、手術後の回復の早さに担当医が驚かれる程でした。
 お陰様で、危ぶまれた娘の結婚式にも無事出席することが出来ました。
 「持つべきは友」の意を強く感じる次第です。
 本当に暖かいお心遣い有難うございました。

         18年2月28日       隆


3月12日(日)に浜崎クンの快気祝いリハーサルを兼ねて
 僕の店の移転開店ミニパーティを開きました。
 

 八期仲間の写真は左側をごらんください。
  浜崎クンの元気な姿も・・・・。


 次のような案内文を作りました。 
    こんにちは大石です。
多分最後の移転だと思いますが・・・。
1日より照国通りで新店をオープンしました。
ご披露するほどの店ではありませんがおしゃべりしに来られませんか。軽食と冷たい生ビールを用意してますので軽装で「ぶらりと立ち寄った」と、そんな感じでひと時を共有できれば幸いです。
 とても狭い店なので在1時間位での自然入れ替え制を取らせてもらえると幸いです。

月日:3月12日(日)夕方より
 場所:照国通りスペースラボ3階

     八期会の仲間たち 6時〜7時半)
●   日中友好協会と留学生たち(7時〜8時半)
   ベルクや商店街の仲間達 (8時〜9時)
    ホワイトRITZさんと美千代OB(9時〜)

  ●該当しない友人は好きな時間にどうぞ。
もちろん語り足りない方や飲み足りない方は時間自由。
お気遣い品は一切なしということにします。

    大石ケイジと美千代スタッフ

2005・11・20〜22日
私をクリックしてください。
八期in関西の写真集を
見ることが出来ますよ。
熱唱 マサコ
murasakihime
濱崎ご一家とご学友たち