衡山一日ツアーは霧の中だった。
三年前、妻と娘と三人で黄山に登った時と同じ前の人が見えないほどの濃霧が覆っていた。衝山は仏教の聖地として多くの人が訪れる名山である。
、道教のお寺も数えると寺廟・庵・など200箇所余りが点在していて、山全体が線香の煙と爆竹のすさまじい音で覆われている。
今日はとても寒い、霧が立ち込め恐らく10度ぐらいの寒さだろう。
沢山の登山者、グループ、修行者団体などひきも切らずに登る。
霧になかの黄山そっくりの光景である。
可愛い,わりにはどでかい声(正確にはハンドマイク)と早口(に聞こえる)中国語のガイドが奇妙な団体を引っ張る。
頂上まで4,5箇所の寺院や名所,古跡を案内する。
途中で10元出して、北方の軍服コートもどきを借りる。えらく重いコートだが寒いので仕方ない。こないだの35度の陽気と20数度の格差に体内異常が発生しそうだ。
一組のカップルは50歳代の男性と40歳代の女性、90%は夫婦に見えるが組み合わせは目立つ。女の顔は西系のウイグル美人に見える。髪を茶髪にして、ときどき男に密着しすぎる。このへんが中国人の中年夫婦と違う。
ところでぼくと小燕の組み合わせは皆にどう映っているのだろう?小燕も少しぼくにくっつきすぎる。特にぼくの耳たぶを触る癖がある。
「アナタ ミミ サワルト キモチ イイネ。」
一つの寺院の中には、たいてい10ヶ所以上の佛像と拝礼場所がある。そしてかならずそこには線香売り場があって、名前を書いて運勢判断をするようになっている。
立って三拝、ひざまずいて三拝。道教の拝み方はチョッと変わっているらしい。
「オナジホウホーイイヨ。」
小燕も結構熱心に拝んでいる。仕方がないので並んで参拝するけどはっきり言って面倒くさいと思っている。
「アタ(貴方のこと)ナニネガイアル 想念シナイトイミナイネ」
とうるさい。疲れもするが、金もかかる。
ところで、かのウイグルカップル、二人して、特に熱心だ、そっとガイドが教えてくれた。
女が昨夜、腕をナイフで切って自殺未遂をしたとか。ノイローゼなんだそうだ。僕はわずらわしくて二人とは一度も話をしなかった。
天女の池、サルノコシカケか霊芝とかの場所を見たり、蒋介石総統と奥さんの居間&ベッド、会議の場所、抗日戦争の資料や写真、どういうわけか明朝の女性のミイラ(ミイラはそれ自体が気味が悪いのでたいてい美女と形容詞がつく)まで見せる。
結構、面白いツアーだった。南岳大廟は最後のスポット・忠烈祠と共にスケールの大きな見所であった。北京の故宮を真似た九つの中庭。大殿はとりわけ綺麗だった。
バスに戻り回家〈帰路につこう)というところで例のカップルが一向に戻ってこない。
なんてことか!門の前で大喧嘩が始まったのだ。
ウイグル女は大声でわめき、男に足蹴りを放つ。男は少し身体を引き、片手で制止する。
30分経っても一向に治まる気配は無い。メンバーの一人が行く
「おまえさんたち!迷惑じゃないか!喧嘩は家に帰ってからせえや!」
「イヤ!あたしは帰らない!この男は金も無いくせに献金をし過ぎたよ」
「私たち二人のためにした願い事じゃないか?」と男が制す。
女の感情は高ぶるばかりである。「この男は私のお金を使う。自分は稼ぎは無いくせに」
「そんなことはこんな所で言わなくてもいいじゃないか?」と男が制す。
矯正小姐が制止に行く。 運転手が行く。勿論、ガイドはマイクを使って制止する。バスに残っているのは北から来た男性と、カナダの金持ちじいさんと、僕の3人だけになった。
黒山の人だかりである。結局、最後は男が車に荷物を 取りに戻り、二人を残してバスは40分ほど遅れて出発した。
そして、なんとも奇怪な一日衡山ツアーは終わった。
あの二人の、喧嘩の本当の原因は何だったのだろうか?
中国語のわからない僕が知る由もないが。
もし僕があの男性の立場だとしたら、僕はどうしていただろう。
たぶん、同じようなことをしていただろう。唯一つ違うとしたら、もっと早くに、バスのガイドに言うだろうナ。
「スミマセン!お恥ずかしい所をお見せしました。どうぞ、私たちを置いてお帰りください。」・・・と。